リッチプアとプアリッチ

1年ほど前でしょうか。近所に大きな屋敷ができました。

 

そのお家は、私のランニングの定番コースにあります。家が組み上がっていく過程を見ながら、どんな人が住むんだろう?とぼんやり考えていたものです。

 

家が出来上がって数ヶ月経った頃。

その家の前に、一台の車(確かメルセデス・ベンツ)が停車し、車内から住人らしき人が出てきました。

荷物を抱えながら出てきたその方は、車のドアを当たり前のように足で勢いよくしめて、家の中に消えていきました。

果たして、この方は本当の”リッチ”と言えるのでしょうか?

 

 

株式投資をしている方はそれぞれ、いろんな目的があると思います。

FIREするため。

老後資金のため。

家族で旅行に行く余裕資金のため。

ほとんどの目的に共通しているのは、「投資でお金を増やすことによって達成できること」です。つまり、昨日よりも今日、今日よりも明日少しお金持ち=リッチになることが、目的達成に繋がります。

 

誰しも、リッチであるに越したことはない。

私も、そうありたいと思います。

お金は、私たちが人生において受ける数々の制約から解放してくれます。

たとえば、時間の制約。お金があれば、やりたくない仕事はせず、趣味やライフワークや家族との時間を好きなだけ持てるかもしれません。

たとえば、住む場所の制約。お金があれば、住む街や住む住居を自由に選べます。

たとえば、子育ての制約。お金があれば、夫婦で望む子供の数を、お金の苦労をすることなく育てあげられるでしょう。

 

 

経済的にリッチであればよいかというと、そんなことはありません。

経済的なリッチは、必要条件であって、十分条件ではないのです。

先述の足で車のドアを蹴るような行為。

私にとって、その人は”リッチなプア”。

経済的にはリッチでも、心はプアです。

 

私は人間的な魅力は、総合力だと思っています。

いくら経済的な加点が+10点だとしても、車のドアを蹴って閉めた時点で-5点、心ない言葉をかけたら-5点、人を騙したら-5点。結果的には、そのひとの人間的魅力はマイナスになってしまいます。

 

かといって、”プアなリッチ”(経済的にプアで、心がリッチな人)を目指したいわけではもちろんありません笑。

目指すのは、”リッチなリッチ”。

経済的にもリッチで、心も豊かなひと。

ただお金を増やすだけでなく、ひとに優しく、地球環境にも優しい人間でありたいものです。